学長式辞

式      辞

 

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本日は入学おめでとうございます。長い間、大事にご養育いただいたご家族ご関係者の皆様こころよりお祝い申し上げます。また、ご来賓の皆様方には、ご多忙のところわざわざご尊来いただきありがとうございます。衷心より御礼申し上げます。

 

君子に三楽あり。 ・・・・・英才を得て之を教育するは三の楽しみなり。

 

これは孟子にある有名な章句ですが、本日の入学式にあたり、最初に浮かびましたのはこの文章でした。世界も日本も広島も、皆様方の勉学と卒業後の活躍を期待しています。

 

まさに今、日本も世界も未曾有の経済危機にあります。この見通しのつかない大危機に世界は恐れおののいています。しかし、その大きな畏怖こそが、これまでの経済社会運営について反省をもたらし、第一に、環境、エコロジーへの投資、第二に、子どもを生み育てようとする人への支援、第三に、派遣労働など厳しい生活の人々へのセーフティネットの構築等々、本来なすべきであったことへ、政治の方向をむけさせています。大危機がこの変化をもたらしたわけですから、乗り切ってしまえば、ああ、あの大危機のお蔭で、本当によい社会に向かうことができたと、世界中が共に喜びあえると思います。その日のために、みんなで頑張りましょう。

 

その頑張りに、皆様方は大きく期待されています。なにしろ、皆様方は本学の全体で平均志願者倍率5.4倍、低い学部で2.3倍、高い学部ではなんと20倍、国立大学でさえ志願者倍率を落としており、私学の約半数が定員割れを起こしているときですから、この競争を突破してこられた皆様方は、まさしく「天下の英才」と自負していただいていいと思います。

 

しかし、だからこそ皆様方はしっかりと学び、人格を陶冶して、皆様方がまず幸せな人生を築きあげ、その土台にたって社会の幸福に貢献することを私たちは切に希望しているのです。

 

今日の社会の動態をみれば、だれもが、インド大使の経歴もある著名なアメリカ、ハーバード大学の経済学者ガルブレイスによる「カウンターベイリング・パワー」という概念を思い出すことと存じます。これは、拮抗力とか対抗力とか翻訳されますが、社会経済のある方向への行きすぎがあるとそれを押しとどめ、調和へと復元させる力のことです。子どもがいなくなるという大問題の少子化は、仕事生活を偏重し家庭生活を大切にしない日本の政治経済社会への、とりわけ女性たちのいわば静かな反乱といえます。温暖化による様々な困った現象は、対応の遅れにたいする動植物や自然の人間への告発だとみることができます。そして、大危機が、反乱や告発に対処して、人々に、自然・経済・政治・社会を復元し、新しく素晴らしい地球社会の実現へ向かわせているのだと思います。いま、このカウンターベイリング・パワーが、未曾有の経済危機により働き始めているといえます。

 

その重要な一翼を担うのは、本日入学の皆様方であります。そして、産官学が上げて、皆様方や、地域の人々と協力して、美しい自然のなか、文化香る、豊かな村・町を実現していくことが、いま期待されているのです。

 

茨木のり子氏に、「六月」と題する詩があります。女も男も、若者も高齢者も力を合わせて男女協働の豊かな生活を造り上げていこうと歌っています。

 

どこかに美しい村はないか

一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒

鍬を立てかけ籠を置き

男も女も大きなジョッキをかたむける

 

どこかに美しい街はないか

食べられる実をつけた街路樹が

どこまでも続きすみれいろした夕暮は

若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

 

どこかに美しい人と人との力はないか

同じ時代をともに生きる

したしさとおかしさとそうして怒りが

鋭い力となってたちあらわれる

(「六月」『茨木のり子詩集』現代詩文庫20 思潮社 1969より)

 

こういう社会をつくりあげていく知の拠点が大学です。本学は、第1に、研究力も高く、第2に、教育力もすぐれ、第3に、地域貢献においても有数の活発さを示しています。

 

まず、研究力です。文部科学省は、教員等の研究計画のすぐれたものに科学研究費補助金、を交付しており、その採択件数と交付金額は大学の研究力を示すよい指標とされています。本学は、採択件数、交付金額とも中四国九州沖縄の全部で21の公立大学のなかでトップになっています。

 

第2に、教育力については、やはり文部科学省が優れた教育取組に予算をつけるいわゆる「教育GP、グッド・プラクティス」の採択が参考になります。この各種教育GPに本学は平成19年度は、当時76あった全国公立大学のなかでただ一校2件採択されています。そして、現在までに、本学全部で4学部のすべての学部がGPを獲得しています。

 

また特筆すべきことは、卒業論文が全学部全学生に必須となっていることです。卒業論文の作成過程において、学生は、「課題設定、文献渉猟・文献の読み込みと検討、仮説設定、論証あるいは実証、結論導出、その検討と展望および含意の提示、そして文章にまとめ、プレゼンテーションをします。このプロセス自体も大変な努力を要しますし、論文ですから、新しい知の創造がなければなりません。したがって、苦労は大きいのですが、その労苦は大きくても、本来の大学らしい指導をうけ、学者の世界が長い間かけ磨き伝えてきた正当な文献調査の方法、研究方法、論文作成法、すなわちアカデミックな学の方法を学んで、新しい知の創造を経験することができます。これは他に代え難い非常に大事なことです。かの、ピカソも驚きかつ高い評価をしたアンリ・ルソーは貧しさ故に絵画における正規のアカデミックな訓練をうけられなかったけれども素晴らしいナイーブな絵で人々を感動させましたが、絵画においても知の創造においてもやはり正当なアカデミックなトレーニングは重要です。しかし、卒論には学生も苦労しますし、指導する教員にも大変な労力がかかります。その上、教員の研究力が高くなければ、正当で優れた論文指導は困難ですから苦労が絶えません。そのため、大学の大衆化のなかで、学生も喜ぶという理由で、学部レベルでの卒論を選択制にした大学が多くなっています。学部どころか、大学院修士課程で、修士論文をやめ、レポートに代えた大学院さえあります。しかし、苦労があっても、大学らしい教育には卒論は重要であり、本学では、統合前の3大学の時から、教員も職員も学生も、卒論必須を守っていました。私は4年前に広島に参り学長になりましたが、大学としてのこのオーセンティクな矜持の高さに感激しました。

 

第3に地域貢献ですが、現在、7つの自治体、6つの金融機関、2つの公共団体と連携協定を結び、技術移転、公開セミナーを活発に展開しており、新聞紙上をにぎわしています。最近の話題をふたつだけ上げますと、庄原における、ひとつは、どんぐり豚、どんぐりころころ豚の育成、もうひとつは、地域や学生と連携して造り上げていく「宮島学」です。これは、宮島学センターを新たに設置して推進していきますが、単に「地域の固有の文化・社会や文化財を調査する学」ではなく、「地域住民や地域の小中高生、そして大学生と研究者が連携して造り上げていく行動する地域学」であり、地域学としてのモデル開発を志しています。

 

したがいまして、学生諸氏は、研究力も教育力も高く、地域貢献も活発な本学において、「知」を十分に身につけていただけると存じます。

 

しかし、人生を豊かに幸せに、あなた方自身が生き、その上にたって社会で人々の幸せに貢献できるためには、教養と気品が大事です。教養や気品がなければ、世界の一流の人々は、人として大事にしてくれませんし、その結果、ビジネスも一応の成果まではともかく、それ以上は期待できないと言えます。商談がうまくいかず、気分がすぐれないまま、パーティのときバルコニーに出て、クラシックのメロディを口ずさんでいたところ、それを聞いた交渉相手が、あなたは音楽が好きかときき、大学でクラシックを演奏していたというと、たちまち、うちとけ、商談が進み始めたという話しを聞いたことがあります。別にクラシックに限りません。歌舞伎でも、邦楽でも、西洋絵画、日本絵画、あるいは文学でもいいのですが、教養が高まると人格が陶冶され、気品が自ずと醸し出されます。

 

うれしいことに、この広島は、教養を高めるのに適した地域です。広島の素晴らしい点はあまりに多いので、ここではごく一部だけ紹介します。まず広島市ですが、ひろしま美術館には印象派の絵画を中心に一級のコレクションが揃い、皆様は中学校や高等学校のときに学んだ絵画の現物をみることができます。展示と説明は見事に折り目正しいので、西洋絵画の展開をよく理解できます。因みに、本学は美術館とキャンパスメンバー契約を結んでいますので、学生諸氏は企画展も常設展も学生証を提示するだけで何度でも入館できます。また、広島の街には、彫刻が多く、相生通りと薬研堀の交差点の角にはロダンの考える人があります。商工会議所の北には文化勲章受章者の圓鍔勝三氏作の魚にのった少女の楽しい像があり、その他数々の像や句碑、歌碑があります。遊び心で面白いのは、オードリーヘップバーンの「ローマの休日」に登場した手を入れて嘘をいうと手が抜けなくなるという「真実の口」海の神トリトーネの顔が広島にあることです。横川から路面電車で一つ南の駅「寺町電停」東のビル入り口にあります。

 

三原では、歌舞伎の三大演目「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」「菅原伝授手習鑑」の作者並木宗輔氏が僧侶をしていた成就寺、武者小路実篤氏が何度も来て講演をした松寿寺、皆様の先輩で「かもめの水兵さん」などで有名な武内俊子氏の生まれた浄念寺などもあります。また、三原キャンパスからは、殿山泰司・乙羽信子主演新藤兼人監督の名画中の名画「裸の島」の舞台、宿爾島と佐木島が遠望できます。

 

庄原は、ロマン・ロランが激賞した大ベストセラー「出家とその弟子」の作者倉田百三氏の生地です。激賞されたのは、キリスト教では、イエスに「罪深き女・遊女」でもゆるされるという教えがあり、これは大変素晴らしいのですが、「出家とその弟子」では、遊女との恋が、紆余曲折を経て周りの人々から理解され、許され結婚し、上品な姉妹が生まれ、毬つきをしているところまで描かれており、罪深きものへのそこまでの広く深い愛という、キリスト教に並ぶというかそれ以上ともいえる、仏教に由来する素晴らしい思想が、驚いたことに東洋の遅れていると思われがちな国にあるというので感動したのだろうと思います。それほどの作品が大正時代に庄原出身の倉田百三氏によって書かれたのは、庄原や三次などが古くから学問を大事にした風土があったからだと思います。実際、庄原では明治17年に英学校が創設されています。また、気鋭の馬本勉本学准教授の論文によれば、明治10年ごろから土地の有力者がランバス牧師を招いて英語を学びはじめているといいます。こうした文化が「出家とその弟子」の生まれる温床になったと思います。

 

ですから、皆様は広島県内いたるところで、教養を深めるきっかけを得ることができます。

 

さあ、皆様! 皆様は天下の英才なのですから、英才であることを自負して、しっかりと知を学び、教養を高め人間性を豊かにし、気品(人としての尊厳を)育ててください。そして、この未曾有の危機を克服するのに貢献できるようになっていただきたいと思います。

 

 

平成2144

県立広島大学  学長   赤   岡      功

 

 

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