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学長ブログ第1回「アネハヅルの訓(おし)え」

印刷用ページを表示する 2013年5月16日更新

鶴がヒマラヤを越える

たった数日間だけの上昇気流を捉えて

巻きあがり巻きあがりして

九千メートルに近い峨峨(がが)たるヒマラヤ山系を越える…

(以下略)

 

 赤岡前学長が、卒業式などで格調高く、朗々と何度か唱われた茨木のり子の詩です。

 モンスーン明けの澄み切った空高く、8000メートル級のヒマラヤ山脈を越え、チベットからインドに向かって何千羽と渡るアネハヅルの群れの光景を想像すると、目的地に向かって行動する生物のけなげさ、そしてそのたくましさに素直な感動を覚えます。

 それにしても何故、苦しい山越えを自らに課しているのでしょうか。

アネハヅル 

 幾つかの研究は、その答えを1億年前頃の鳥類の出現と、大陸移動に伴って生じた2000万年前頃からのヒマラヤの隆起に求めています。すなわち、アネハヅルの祖先は遥か昔より何代にも亘って冬期に、餌の豊富なインドへの渡りを定期的に繰り返していたと考えられています。その後しばらくして、ヒマラヤ山脈が徐々に高度をあげ、遂には8000mを越えるようになりました。その過程で、突然変異により生じた、酸素の希薄な中で渡りが可能な個体がグループとして生き残ったものが、現在生存しているアネハヅルであるというという考えです。季節ごとに長距離を移動する恐竜の存在、鳥が恐竜から進化したという最近の有力な学説、そしてアネハヅルの祖先は、鳥の中でも比較的古くから生じたとされる証拠が組み合わされ、そうした仮説が産まれました。

      アネハヅル

 さらにLiangは2001年、酸素を体内に蓄積するタンパク質であるヘモグロビンが、アネハヅルの場合、ヘモグロビンを構成するアミノ酸に一部変異を生じ、希薄な大気でもしっかりと酸素を結合して体内に酸素を供給できるタイプに進化していることを見出しました。つまり、アネハヅルは特殊なヘモグロビンを持ち、高山病にかかりにくい理由をつきとめることができたわけです。

 こうした説明を踏まえるとアネハヅルの渡りが可能となった決定的要因は、ヒマラヤ山脈の隆起の時間に対して、ヘモグロビンの変異を生じることに十分な時間が与えられていたことにあると思われます。突然変異は遺伝子のランダムな変異によって生じることから、時間をかけてできた多くの変異の中で、特殊ヘモグロビンを獲得したものが生じ、次第に高くなったヒマラヤ山脈を乗り越える個体が選択されたと考えられます。もし、渡りの習性のあるアネハヅルの祖先の誕生時に、急速なヒマラヤ山脈の隆起が起こったとしたら、山越えできる個体は存在しませんので、チベットで集団餓死するしかなかったでしょう。

 アネハヅルのヒマラヤ山脈越えは、私たちに多くのことを教えてくれているように思います。大きな変化に対応した改革には相応の時間的猶予が必要であるということ、さらには、アネハヅルがヘモグロビンの変異でヒマラヤの隆起を乗り越えたように、多様性、可塑性を組織内部に充分保持することが、組織の多様な変革に応えるための重要な要素であることを示しているのではないでしょうか。

 ヒマラヤ山脈を越えたアネハヅルには、インドの肥沃な大地が迎えてくれています。大学の変革達成の場合は、教育、研究そして地域貢献を実践した場合の確かな手ごたえを、組織の全構成員で共有する満足感でしょうか。本学も、社会の要求に応えながら、大学が掲げている理念の具現化のために,さらなる進化を遂げていきましょう。


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