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2020年度 生物学実験AB(生命環境学科)


このページは研究室員の研究のための情報提供のページです。

(教授からの情報提供)

150127

発がん機構(自分の研究室でやっていることを整理して学習しよう!)

The mutational landscapes of genetic and chemical models of Kras-driven lung cancer.

Westcott PM, Halliwill KD, To MD, Rashid M, Rust AG, Keane TM, Delrosario R, Jen KY, Gurley KE, Kemp CJ, Fredlund E, Quigley DA, Adams DJ, Balmain A.

Nature. 2015 Jan 22;517(7535):489-92. doi: 10.1038/nature13898. Epub 2014 Nov 2.

PMID: 25363767 [PubMed - in process]

【論文のありか】(学内限定サービス:自由配布厳禁)smb://hesnas01/public/shoubara/達家/配布用/150127 発がん機構(自分の研究室でやっていることを整理して学習しよう!)


ゲノム制御システム生物学研究室で発展的に研究生活を送ろうとしているB3及び在籍院生の皆さんへ:

発がん機構をゲノム解析で追求した論文です。がん遺伝子産物Rasは低分子量Gタンパク質(small G protein)で増殖シグナルのスイッチです。(アクチンベースの細胞形態や細胞運動のスイッチはRhoファミリー)このスイッチは突然変異によって活性化されます。活性化されたスイッチをコードする遺伝子を「活性化型がん遺伝子」と言います。

【(1)化学発がん実験系】Rasはその遺伝子の突然変異によって活性化されますが、この活性化を起こさせる突然変異原が化合物の場合、「発がん物質」と言います。化学物質や放射線などでras遺伝子に突然変異が起こった場合、細胞はがん化します。こういったがん化の方式を「化学発がん」「放射線発がん」と呼びます。メチルニトロソウレアは強力なDNAのアルキル化薬です。すなわち、メチルニトロソウレアはメチル基をDNAの塩基に共有結合させてDNA損傷を与えます。結果、rasに変異が入り、スイッチが暴走して増殖が止まらなくなります。我々の研究室ではBALB/c 3T3 A31-1-1という細胞にメチルニトロソウレアを処理し、がん細胞の集団からなるコロニーである「トランスフォームド・フォーカス」を作らせて、がん細胞を得ることが出来ます。

【(2)変異遺伝子導入発がん実験系】ras遺伝子変異による発がんの実験は、上記の方法と別の手法によってもおこなえます。すなわち、予めrasの遺伝子に変異を入れた「変異型ras遺伝子」を作って細胞に発現させ、変異型のRasを強制発現させた細胞を作る方法です。この方法はトランスフェクション(遺伝子移入)によっておこないます。我々の研究室で用いている「1-1ras1000」はこういった方法で作られた細胞です。

この論文では、これらふたつの実験系で同じようにRasの変異によって作成されたがん細胞の遺伝子を解析しています。ここではヒトの肺がんを用いていますが、(1)ひとつはメチルニトロソウレアでras突然変異が起こってがん化した細胞。(2)もうひとつは、rasに突然変異を入れた遺伝子を強制発現してがん化した細胞。これらふたつの細胞の間でのゲノム解析により、(1)の化学発癌実験系ではゲノムにras以外の多くの遺伝子が突然変異を起こしており、遺伝子の変異蓄積が細胞がん化への階段を登らさせたことが窺い知れます。一方、(2)では、ras以外の遺伝子変異が少なく、このことは、細胞がん化の階段を登らせたのは、突然変異を伴わない遺伝子の変化、すなわち、染色体不安定性機構が起こったと考えられます。

実は、「ゲノム制御システム生物学」の研究コンセプションは、ゲノムの維持をもたらしめている機構の研究とその崩壊の様式の解明です。ゲノム保守の様式には大きくふたつの次元があります。(1)ひとつは、DNA損傷修復機構。(2)もうひとつは、染色体維持機構。オーロラを発見して以来、後者の(2)「染色体維持機構」が研究の主流となって研究室が回っていますが、実は、このふたつのゲノム保守の様式は生命の維持に不可欠であり、また、細胞がん化においてこの保守の崩壊はキー・イベントです。そして、保守に失敗した細胞はアポトーシスで多細胞系から除かれますが、保守に失敗してアポトーシスにも失敗した細胞は我々のからだの中で生き残り、がんとして進展して行きます。

ゲノム保守についての概念(コンセプション)とそのさわりについては、(1)は学部の「分子生物学」で、(2)は学部の「細胞生物学」で既に講義をしているところではありますが、これを充分に理解出来ていない学生であると自分で感じた場合には、是非とも大学に在籍している間に充分に理解出来るようにして復習をしてみてください。そして、大学レベルでの見識を得るためには、更に発展的に講義を聞く必要もあるでしょう。すなわち、大学院講義「ゲノム制御システム生物学」がこれにあたります。

(たつか)

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