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平成31年 仕事始め式における学長メッセージ

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年1月7日更新

 今年は平成31年,平成としての最後のお正月を迎えることになりました。司馬遷の『史記』,そして中国古代の歴史書『書経』から引用されたと言われている「平成」という元号,「内外,天地とも平和が達成される」という解説を,当時官房長官であった小渕恵三元総理大臣が,「平成」と記載されたボードを持って説明したことを記憶されている方も多いと思います。

この元号につきましては,「元号は日本人の歴史意識を根底から規定してきた」とする見方がある一方,「元号は人為的な時間の区切りにすぎない」と切り捨てる考え方もあります。しかしながら,私も含め,多くの日本人は,世界標準的な視野から西暦を用いる傍ら,無機質な数字とは異なる意味あいを元号に感じ取り,日常生活や自らの歴史観の中に元号を定着させているように思います。 

 中村草田男の俳句に,「降る雪や明治は遠くなりにけり」という秀句があります。雪の降る光景を前にして,しみじみと過ぎ去りし明治という時代への郷愁を抱く草田男の姿がイメージできるかと思います。もっともこの俳句について堀辰雄は,「獺祭忌,明治は遠くなりにけり」という句の剽窃,いわゆる盗用であると主張しています。獺祭忌は,正岡子規の忌日すなわち命日ですが,草田男の句より確かに一年前にこの句が発表されています。本当に盗用だったのでしょうか。「降る雪や」から明治を連想するこの句の素晴らしい自然な流れを理由に,草田男のオリジナリティであると主張する評論家もおり,現在も論争は続いています。そのことはともかくとして,明治維新からの開国後の新しい日本の始まり,日清,日露戦争へと結びつく富国強兵政策,一方では足尾銅山に象徴される公害問題の発生など一連の歴史的事象が,明治という元号に濃縮されて私たちの意識の中にそれぞれ個々の歴史観として,刻み込まれているに違いありません。

 それでは,平成はどのような時代だったのでしょうか。平成を終える年の年頭にあたり,ここで振り返ってみることにしましょう。後に平成を思い浮かべる時,現在,そして未来への社会潮流に繋がる2つの歴史的事象が挙げられると思います。その1つ目は,平成元年に生じたベルリンの壁の崩壊です。東西の冷戦構造を打ち破り,今日のグローバル化への道を拓くに至った出来事とされています。そして2つ目は平成の時代に大きく飛躍し,今やIoTに象徴される社会的インフラとなったインターネットの急速な普及です。

 この2つは,大きな期待を担って社会に迎えられました。一つ目のベルリンの壁の崩壊は,米国とソビエト連邦の間に形成された資本主義,共産主義というイデオロギーの対立に基づいた冷戦の終結であり,当時のマスコミに満ち溢れていた「雪解け」という言葉に示されているように,国家間の壁を取り払い,国際友好への道を加速させることに対する期待が高まったのは当然のことであると言えます。

 さらに,二つ目のインターネットの進展については,世界を一新させるのではという期待の下に,大都市と田舎,そして国境を越えた時空の広がりと正しい情報があまねく行き渡ることによる理性的な議論によって,世界全体が導かれていくことを多くの人が信じていたに違いありません。

 しかし,必ずしも期待していた方向に世界が向かっていない現実を,私達は認めざるをえない状況にあります。例えばグローバル化の促進により,資源の確保と安価な労働力を求めて海外への生産拠点を移す流れが産業の空洞化を引き起こし,貧富の格差という見逃せない社会問題の一因となっています。

 またインターネットの普及による顕著な現象として表れたのは,自分の感情を発信する手段としてのインターネット利用です。社会に対する自己中心的な苛立ち,非理性的な感情の増大がインターネットの下で組織化され,社会に満ち溢れています。むき出しの感情の露出が大国の指導者から発せられ,グローバル化とは全く反する,自国の利益のみに追従する意識がインターネットによって助長されている現実があります。

 こうしたグローバル化の進展,そしてインターネットの普及に代表される平成とはどのような時代であったとまとめられるのでしょうか。聴覚障害でありながらダンサーとして活躍している南雲麻衣さんは,昨年,毎日新聞のインタビュー記事の中で,平成という時代を漢字一文字で表すとすれば,それはまじりあいの意を込めた「混」という漢字であると提唱しました。性差,国籍,障害の有無などを乗り越えて混じり合う社会の到来,そして多様性を受容し,認め合う時代こそが平成だということです。しかし一方で,「混」は,混迷や混乱の「混」とも繋がり,混じり合いが現実の世界では,対立を生み,混乱に至る現実を数多く見聞するようになりました。平成の初期に掲げられた,国境を通い合う多文化共生が花開く社会への理想はどこに行ったのでしょうか。

 多くの社会的課題を抱えながら,私達は次の元号を迎えようとしています。そして本学では新たな学部・学科の再編を通して,この激動の社会に果敢に挑戦し,地域社会の課題を解決する人材を育む教育体制を準備する最後の年になりました。3キャンパスの教職員の力を合わせ,本学創立後100年目にあたる来春,地域そして国内外に誇れる再編県立広島大学のスタートを切るための確かな歩みを刻んで参ります。

 最後に,この一年が本学にとって実りある,そして皆様お一人お一人にとってご多幸の年となることを祈念しまして年頭のご挨拶を閉じたいと思います。

平成31年1月7日

                                                     県立広島大学 学長 中村 健一

 

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