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【生命科学コース】卵胞選抜が起こるメカニズムを報告(山下准教授)

印刷用ページを表示する 2021年6月25日更新
【生命科学コース】生命システム科学専攻 博士課程後期2年の中西寛弥君(山下研究室),広島大学院統合生命特任助教の岡本麻子さん(山下研究室卒業生)と山下准教授の論文がMolecular Human Reproduction誌に掲載されました。

Tomoya Nakanishi, Asako Okamoto, Maki Ikeda, Sachiko Tate, Miyu Sumita, Rie Kawamoto, Shingo Tonai, Joo Yeon Lee, Masayuki Shimada, and Yasuhisa Yamashita

Cortisol induces follicle regression, while FSH prevents cortisol-induced follicle regression in pigs.
Molecular Human Reproduction, gaab038, https://doi.org/10.1093/molehr/gaab038
【解説】
卵巣には卵子が数十万個存在すると言われていますが,一生のうち排卵される成熟卵子の数はその数%にしか過ぎません。成熟卵子は卵胞という卵子を内包する組織の中でヒトでは14日間の卵胞発育期と排卵期を経て形成されます。このとき,発育を開始する卵胞はヒトでは十数個存在し,この中から発育の良い卵胞1個が選抜され,残りの選抜されなかった卵胞は退行(アポトーシス)することが知られています。しかし,この卵胞選抜過程で,優勢卵胞がなぜ生き残るのか?退行卵胞はなぜアポトーシスが起こるのか?のメカニズムはよく分かっていません。
卵胞発育と排卵は脳下垂体から放出され,血管を介して卵巣を刺激するFSHとLHにより制御されることが知られています。私たちの研究室では,卵胞表面に形成される血管網に着目し,ブタを用いて血管がよく発達した優勢卵胞(Vascularized Follicle; VF)と血管がほとんどない退行卵胞(Non-Vascularized Follicle; NVF)に分類し,卵胞選抜が生じるメカニズムについて卵胞内のステロイドホルモン環境から探る研究を行ってきました(Okamoto et al., Biology of Reproduction, 2016)。その結果,以下のことが明らかになりました。

・VFでは,卵胞発育中期から後期にかけてプロゲステロンが蓄積する。
・NVFでは,プロゲステロン産生遺伝子の発現が高いにもかかわらず,プロゲステロンが蓄積していない。
Fig.1
本研究では,プロゲステロンがコルチゾールに代謝され,卵胞退行を促進していると仮説を立て(図1),ブタのVFとNVFを用いてコルチゾール産生能と代謝能を比較解析しました。

 この結果,VFでは,コルチゾール産生能が低く,さらにコルチゾール代謝能が高いためコルチゾールが存在しても速やかにコルチゾンに代謝され無毒化されていることを明らかにしました。一方,NVFでは,コルチゾール産生能が著しく高く,一方でコルチゾンへの代謝能は著しく低いため,コルチゾールが蓄積する環境であり(図2),このときNVFの顆粒膜細胞はアポトーシスが誘導されていること明らかにしました(図3)
Fig2.3
さらに卵子成熟をサポートする顆粒膜細胞を体外培養し,コルチゾールとFSHがアポトーシスにどのような役割を持つのかを調べました。この結果,VFから回収した顆粒膜細胞をコルチゾール単独で培養するとアポトーシスが誘導されること,コルチゾールにFSHをさらに加えて顆粒膜細胞を培養するとアポトーシスが抑制されることを明らかにしました(図4)。さらにVFの顆粒膜細胞をコルチゾール単独で培養するとコルチゾールを無毒性のコルチゾンに代謝するHSD11B2の遺伝子発現は低い値を示しますが,コルチゾールにFSHをさらに添加すると発現が高い値を示し,FSHにはコルチゾール代謝能を増加させる機能があることを突き止めました(図5)。

 コルチゾールは個体がストレス環境におかれたときに副腎皮質で産生され,炎症反応などを誘導するステロイドホルモンとして知られています。本研究は,卵巣でもコルチゾールを産生する能力があること,さらにその役割として退行卵胞を誘導することを初めて示しました。
Fig4.5
さらにステロイドホルモンであるコルチゾールは,ペプチド性のホルモンとは異なり簡単に細胞膜を通過し,広く組織に浸透することが知られています。このことから退行卵胞に隣接する優勢卵胞もコルチゾールの影響を受ける可能性があります。しかし,VFでは無毒性のコルチゾンへの代謝酵素の発現が高いため,アポトーシスが生じず生き残ることを示唆した画期的成果です。

本研究成果は,広島大学大学院統合生命研究科 特任助教 岡本麻子 先生および教授 島田昌之 先生との共同研究により得られました。

【用語説明】
アポトーシス・・・あらかじめ予定されている細胞の死。細胞が構成している組織をより良い状態に保つため,細胞自体に組み込まれたプログラム死のこと。